大判例

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東京高等裁判所 昭和35年(う)2603号 判決

被告人 松山外二名

〔抄 録〕

弁護人の控訴の趣意第一(事実誤認)について

しかし、選挙運動のための文書たるためには、必ずしも投票を求めること等の意思が文書自体のなかに明示されていることを要するものではなく、その文書自体にはその意思が示されていなくても、その頒布の目的、内容、これを頒布した時期、方法、頒布先等から考えて、投票を求める等の目的に出たものと考えられる場合には、これを選挙運動のためにする文書と認めるのが相当である。ところで、原判示鮎川金次郎後援会趣意書と題する文書自体には、来るべき参議院議員選挙には鮎川金次郎が立候補する予定であるから、その暁には同人を応援されたいとの趣旨が記載されていないことは、所論のとおりであつて同文書の内容だけから判断してみると、これを原判示のような法定外の選挙運動文書とは認め難い観があるけれども、原判決挙示の各関係証拠を総合すると、原判示鮎川金次郎後援会趣意書と題する文書は、その作成の目的やその内容、これを頒布した時期、方法、頒布先等から考えると、近く行われる参議院議員選挙に備え、鮎川金次郎後援会なるものを発起開催して会員を募集し、もつて、鮎川金次郎が右選挙に立候補した場合には、同人のために投票を得しめる目的に出でたものであることが認められるから、該文書は、いわゆる法定外の選挙運動のための文書と解するのが相当である。そして、松山被告人が原判示のように右趣意書約七千枚を頒布したこと及び谷脇被告人が板谷賢一と共謀して右文書約三千五百枚を原判示のように雑誌「若桜」に折り込んで郵送したこと及び被告人らの行為は、いずれも鮎川金次郎をして原判示選挙に投票を得しめるためであつたことが、それぞれ認められるのであるから、原判決には、なんら所論の各事実誤認はない。所論は、原審と異なる見解に立脚して原審が適法になした事実の認定並びに証拠の採否を非難するものであるから、採るを得ない。論旨は理由がない。

検事の控訴の趣意第一(事実誤認)について

原判決が、本件公訴事実中昭和三十四年八月十三日付起訴状記載第一の、松山被告人は、昭和三十四年六月二日施行の参議院議員選挙に立候補した鮎川金次郎の選挙運動者であるが、右鮎川が右選挙に東京地方区から立候補すべき決意を有することを知り、板谷賢一と共謀の上、右鮎川に当選を得しめる目的で、未だ同人の立候補届出のない昭和三十四年四月中旬頃から同年五月上旬頃までの間に、鮎川金次郎後援会趣意書と題し、同人の写真及び経歴等を掲載した法定外選挙運動文書約八万枚を、沢田武雄を介し、東京都目黒区上目黒所在目黒郵便局及び同都世田谷区太子堂所在世田谷郵便局から同区玉川中町一丁目六百三十八番地南竹市ら約八万名に対し郵便頒布した旨の部分については、前記文書が沢田武雄を介し郵送頒布された事実及び松山被告人が前記文書の郵送に関与した事実は、いずれも認められるが、それは、既に沢田に依頼されていた封筒の宛名書の筆耕及び郵送の手続を事後において督足し、又は筆耕料、郵送料を取り次いだに過ぎないのであつて、全く補助的従属的役割と認むべく、原告官主張のような主動的乃至自主的地位にあつたことは、これを認めるに足る証拠がない。しかも、板谷賢一において、どのような事情の下に前記文書の郵送を沢田に依頼したか、果して同人について犯罪の成立を認め得るかは、原告官の立証によつても、これを認め得ないところである旨判示し、従つて、松山被告人の前記所為について、板谷の犯罪の幇助罪をも認めることもできないと断じ、もつて、右事実について無罪の言渡をしたことは、所論のとおりである。

よつて、右公訴事実につき、これを認めるに足りる確証があるかどうかについて判断を加えれば、次のとおりである。即ち、

所論松山の(一)検察官に対する(イ)昭和三十四年六月十三日付供述調書中同人の供述記載(ロ)同年五月二十八日付供述調書中同人の供述記載及び同調書に引用された同人に関する同日付司法警察員事件送致書の記載(二)司法警察員に対する同月二十七日付供述調書中、同人の供述記載及び原審第七回公判調書中証人沢田武雄の供述記載を総合すると、松山被告人は、鮎川義介を総裁とする中小企業政治連盟(以下中政連と略称する)組織局調整課員であつたが、昭和三十三年九月十一日中政連本部において開催された中政連東京都支部総連合会の選挙対策協議会に出席した際、その席上で中政連の久保田広報部長から、来るべき参議院議員の選挙には、鮎川総裁が全国区から、当時外遊中の鮎川金次郎が東京地方区から、それぞれ立候補する旨の報告があつたので、松山被告人は、来るべき参議院議員の選挙には鮎川金次郎が立候補することを確知したこと、その後間もなく、鮎川金次郎が帰朝し、翌三十四年一月頃東京都千代田区麹町二番町に新日本経済文化研究会なるものが設立されたが、同被告人は、同会の目的について知るところがなかつたこと、同年三月早々、同被告人は、中政連の棚橋組織局長から、右二番町所在の中政連の分室へ行き板谷の指示を受けるようにということを命ぜられて右分室に赴いたところ、分室には経済文化研究会と鮎川金次郎後援会事務所との看板が掲げられていたので、同被告人には、右板谷の指示で右後援会の仕事をすることを命ぜられたことが判明し、かつ、右後援会の表面の目的は、鮎川金次郎を後援して同人の人格及び社会的文化地位を高めることにあつたが、真の目的は、常識から判断すると、同人を右選挙に当選させるために運動、応援することにあつたことが判つたこと、そして、同被告人は、板谷からオルグとして三軒茶屋に借りてある建物へ赴いた上、世田谷、目黒の鮎川金次郎後援会事務所も作り、集会の開催や同後援会の趣意書の発送をするようにとの指示を受けて右趣意書八千部位を受領し、同月七日右三軒茶屋の建物に赴いたこと、同被告人は、同月中、世田谷、目黒の両区内において映画と講演の夕を開催し、同年四月中は、右趣意書の発送やその準備のため、封筒の宛名書きをやり、それより同年五月六日までは、発送し残した右趣意書の発送に従事し、また、右板谷の命によつて、右後援会本部で封筒の宛名書きを頼んでおいた筆耕業沢田武雄に郵送料を渡して合計八万通以上の郵便物の発送を督促し、これを世田谷、目黒の両郵便局から同各区内の住民約八万名に対して発送させたが、封筒の中見は見たことがなく、それは恐らく右後援会の趣意書であろうと想像していたことが、それぞれ認められるのである。それ故、右認定に徴すると、同被告人は、最初から右各趣意書や封筒を沢田に託して趣意書発送の事務を依頼したのではなく、かねて右後援会本部からの依頼で、封筒の宛名書きの筆耕やその封筒に右趣意書を入れて郵送することを引き受けていた沢田に対し、事後において右筆耕料や郵送料を板谷に代つて支払い、あるいは同人に代つて右郵便物の発送を督促してこれを発送させたに過ぎないことが明らかであるから、同被告人の右所為は、原判決が説示するように、補助的、かつ、従属的なものというべく、これを所論のように主動的あるいは自主的な行為であるということはできない。そして、同被告人は右後援会本部が沢田に対し発送を依頼した郵便物の内容が右趣意書であることを想像していたことは、前認定のとおりであり、従つて、同被告人において、右郵便物発送の目的が那辺にあるかを推察していたことは、想像に難からざるところではあるが、右郵便物の発送が板谷から沢田に依頼されたという事実は、記録上これを確認しがたく、また板谷がこれに関与した意図、態度及び程度等についても、記録上これを確認することができないから、同被告人の前記行為をもつて板谷の犯行を幇助したものとすることもできないのである。果して然らば、前記公訴事実は、検事所論の全証拠によつても、これを認め難いことはもちろん、記録を精査しても、右事実を認めるに足りる確証がない(鮎川金次郎後援会設立の目的、同後援会における同被告人の地位並びに被告人谷脇一二が板谷賢一と共謀して右後援会趣意書を郵送頒布した事実に関する原判決の認定は、当裁判所の前記認定を妨げるものではなく、当審における事実の取調の結果に徴しても右認定を覆すことができない)のであるから、これと同趣旨に出でこの点について無罪の言渡をした原判決には、なんら所論の違法はなく、論旨は理由がない。

(下村 高野 松本)

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